東京大学駒場博物館 特別展「境界を引く⇔越える」を終えて

イメージ 1

夜空に瞬く遠くの星の一つ一つに着陸していくように、自分の中にある感覚の宇宙の瞬き一つ一つに着陸していくような毎日でした。

関わった皆様、ご来場頂いた皆様、本当にありがとうございました。このような貴重な経験を与えてくださったこと、とても感謝しています。これからもどうぞよろしくお願い致します。


上の図は僕が最初に描いた「展覧会の設計図」。
下の文は僕が最後に書いた「展覧会のまとめ」。


「境界を引く⇔越える」 池平徹兵

僕はお父さんとお母さんの子どもで、お母さんとお父さんはおじいちゃんとおばあちゃんの子どもで、最初の人は誰から生まれたの?と6才の息子が聞く。ここにはそれを考え続けることがお仕事のおじさん達がいる。こんなにおじさんになるまで考え続けてもまだ誰にも分からない。だから一緒に考えよう。東京大学駒場博物館 特別展「境界を引く⇔越える」オープニングレセプションからの帰り道、私は息子の手を引きながら未来への確かな手応えを感じた。

この展覧会のオープニングで私は料理の例え話をした。例えば私がおいしい料理を作ったとする。そのおいしい料理が体に良いことが分かったとする。もしここで私が体に良い料理を作りはじめると料理は途端にまずくなるだろう。私は私が料理人である為には自分の目的をおいしい料理を作ることだけにしなければならない。アートは何かの役に立つことを目的としては作れないものなのだ。こうして「境界を引く⇔越える」の始まりで私は私がアーティストである為の境界を引いた。

誰かの役に立ちたいというのは人間の本能なのではないかと思う。しかし私はアートは必要とされることを目的とせずに必要とされなければならないと考えている。役立つことを目的とせずに役立つことが大切なのである。私が境界を引いた理由は、自分が誰かの役に立ちたいという自身の欲望に打ち勝つ為である。

なぜこんな話をするのかというと、この必要とし必要とされる関係の微妙なバランスに細心の注意を払いながら成り立っているのが私のワークショップである。べてるの家当事者研究やアーツアライブのACPにも共通するものを感じた。それはその人の発言や表現を本気で必要とする場作りである。これは代わりの効かない人の存在価値を認める時間であり、そういう時間は人々の明日を画期的に輝かせると私は感じている。必要とされたいという人間の感情のパズルには、お世辞やマニュアル化された行為のピースはぴたりと合わない。一瞬でも良いので本気でその人の個性が必要とされる場が重要であり、それをどこまで可能に出来たかどうかがそのまま私のワークショップの作品の完成度にもなる。

私はアーティストとしての境界を引く一方で境界の行き来は自由にしている。つまり私自身は良い作品を作ることを目的とするが、他者が別の目的で私の活動や作品を使うことは大歓迎する。また私の方からも自分の目的が逸れないように注意しながら他の目的を持ったものを飲み込むことにしている。これこそOFFICE BACTERIAがバクテリアから得た最も大きなインスピレーションだ。私は一人一人が自分の仕事に全力を注ぎ、各分野に収まりきれない魅力が他分野に溢れ出る関係を理想に思う。この文章も会期中の研究発表から溢れ出た魅力を養分にして書き進めている。溢れ出る魅力を誰かが拾ったらこちらも相手から溢れる魅力を全力で必要としながら自身の仕事をさらに高めていくのだ。みんなが同じ目的に向かって一つになる社会ではなく、別々の目的を持ったまま一つになる社会だ。

人間であれば誰もが一度は社会の役に立ちたいと感じ、自分が社会に必要とされる存在になりたいと考えたことがあるのではないだろうか。しかしここで私は発想の転換を提案したい。
それが”必要とする力”だ。必要とされたいと願うのが人間なら、学ぶべきは必要とされる力ではなく必要とする力ではないだろうか。
本展覧会の開始3日前に私には二人目の子供が生まれた。この展覧会と同じだけ生きた存在がすぐそばにいる。生まれたての赤ちゃんは究極に誰かを必要とする力を持っている。私はこの赤ちゃんのようなアーティストになりたい。あらゆる出会いや出来事を必要としながら明日を作ることに没頭したい。

これからもぜひ様々な専門家に全力で活かされ私も全力でそれを必要としていける関係を続けたいと願う。ノンコーディングRNAにもきっと意味があると感じたように私も全ての人や物に意味があり、何一つ欠かせない存在であると信じている。会期中に生まれた「未来誕生」という作品はこの展覧会で参加者が描いた全ての絵はもちろん、関わった誰かの行為一つが欠けても存在しなかった作品である。全員がこの世に誕生しなくては生まれなかった地球が46億年かけて作り出した奇跡と同じなのだ。私はこんなに素晴らしい今日へ皆様と到着出来たことを嬉しく思う。この展覧会はまだこれからの始まりにすぎない。




その他の報告書もこちらでご覧頂けます。

OFFICE BACTERIAアーティストトーク(執筆:石田)
http://ihs.c.u-tokyo.ac.jp/ja/schedule/reports/post/000098/


顕微鏡絵画ワークショップ (執筆:国原朋子 東風上奏絵)
http://ihs.c.u-tokyo.ac.jp/ja/schedule/reports/post/000088/