サムエル未来こどもの園の壁画制作

広島のサムエル未来こどもの園の壁画制作。

 

足場の上が思った以上に高さを感じる。

落ちたら死ぬ場所なのに、風で飛んだメモに体が猫みたいに飛び付こうと反応してしまって僕は突然の高所恐怖症になってしまった。

友達が飼っていた猫がそれで屋上から落ちて大怪我をしたのだ。

僕もそうなってしまうかもしれない。

そう思うと急に膝の震えがとまらなくなった。

もはや両手を鉄パイプから離して筆とパレットを持つことなんて出来ない。

よく見ると筆洗いの水が僕の動きに合わせて少し揺れている。

こんなことで揺れるのか。

この足場は地震に耐えられるのだろうか。

そういえば東日本大震災が起きたのもちょうど今の季節だった。

わずかな風も僕にヨットの帆がついてるかのように強く押してくる。

そして風は僕に花粉を感じさせる。

もうだめだ。

くしゃみも出そうになってきた。

くしゃみをしても僕はバランスを上手く保っていられるだろうか。

「くしゃみで意識を失いました」と事故を起こした運転手が言っていた。

どんどん体が固まっていく。

もう立ち上がることもできない。

どの筋肉にどれくらいの力を入れればバランスを崩さずに立ち上がれるのかが思い出せない。

もう振り向くことも出来ない。

どの筋肉にどれくらいの力を入れればバランスを崩さずに振り向けるのかが思い出せない。

この状態でどうやってここから下まで降りればいいのだろう。

この状態でどうやって絵を描けばいいのだろう。

ギブアップがありならギブアップしたい。

消防署に電話してはしご車に助けられたい。

 

ふと見ると子ども達が僕に手を振っていた。

ふと気づくと僕は子どもたちに手を振りかえしていた。

 

僕はプロフェッショナルとしてここへ来ている。

決して怯えているところなど見せるわけにはいかない。

 

怖い時は自分から向かっていけば怖さは消える。

自分から立ち入り禁止の工事現場に侵入して、景色の良いところに登って絵を描いている設定にしよう。

こうして僕は僕を洗脳することで何とか楽しそうに振る舞った。

 

でも地上に降りる度に「もうあの場所に上がりたくない。」と逃げたくなる。

ホテルに帰ってもまだ膝が震え続ける。

また明日もあの場所に上がらなければならない。

 

塾の先生と妻から息子の進路について電話がかかってきた。

間違いなく今ピンチなのは僕の方です。

一週間だけ待ってほしい。

無事に帰れたらまた父親になるから。

と、妻にだけピンチを伝えた。

 

毎朝 保育園で飼われているうさぎと遊んでから1日を始める。

うさぎのチャロちゃんを抱っこすることで何とか僕は平常心を取り戻すことができた。

 

昼ごはんを隣の高齢者施設で毎日用意してくれた。

ここの美味しい昼ごはんがなかったら僕はこの壁画制作を絶対に乗り越えられなかったと思う。

 

12年ぶりに永見理事長にお会いできて相変わらず元気な姿に感動した。

両親が福岡から遊びに来てくれた。今が楽しいと明日が余計に辛くなる気がした。

中学2年の美術部の女の子が見学に来てくれて元気をもらった。

花を描いていると子ども達が花を摘んできてくれたりした。

そんな一つ一つの出来事が僕に数分ずつエネルギーを補充してくれた。

 

どんな理由があろうと今日に悔いを残してはならない。

全てのことに於いて、

本気を出さないことだけが唯一の失敗なのだ。

本気を出して失敗したのなら、それは失敗ではなくそういう形の成功になる。

 

一週間、奇跡的な暖かさだった。

もしあと一週間早かったら寒くて僕の心は折れていたかもしれない。

本当に運命が全力で僕に味方してくれていた。

 

12年ぶりにここへ来て初心をとりもどせたらと思っていた。

初心なんて駅はとっくに通過して、人間をまた1から始めるような気持ちになっていた。

恐怖で立ち上がれなくなったあの場所で、僕は赤ちゃんのようにもう一度つかまり立ちから始めたのだ。

 

予定通りの期間で壁画を無事に完成させることができた。

僕の中に心の隅々まで雑音のない世界が訪れた。

サムエル未来子どもの園はこれから卒園式。

足場の取れた壁画を見て子ども達は喜んでくれるだろうか。

 

帰りに前回壁画を描いたサムエル西条こどもの園にも立ち寄った。

12年前に僕が全力を尽くした場所。

壁画だけでなく、近くの道や川、泊まったホテルやショッピングモールまで記憶の中の何気ない景色全部が輝いていた。

今回全力を尽くした思い出もいつか未来の僕にこんなプレゼントをくれるのだろうと思う。

 

IGLの皆様、サムエル未来こどもの園の皆様、本当にありがとうございました。

僕が快適に過ごせるように隅々まで細やかな気配りをしてくださったおかげで、最後まで力を振り絞ることが出来ました。

またいつかお会いできる日を楽しみにしています。