天気予報の曇りの隙間。
晴れ間とともに移動する。
東京から島根、車で14時間の旅。
流れるように景色が過去へと消えていく。
病院の大きな廊下。
冷たい壁を隠すように飾られた普段なら気にも留めないような絵が、
今日はやけに脳に焼きつく。
産道わずか数センチ。24時間の旅。
旅と呼べるあらゆるものがこの数センチに凝縮されている。と僕は思う。
先日の僕の650キロメートルの旅など、これに比べればはるかに小さい。
僕は全力で何かに立ち向かう女性が大好きなので
分娩室の亜矢子はこれまでで一番美しく輝いて見えた。
ぬるりと光る体が体から出てくる。
始めて開いた黒に僕が映る。
こんなに澄んだ目を、こんなに強い目力をこれまでに僕は見たこと無い。
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「実はあなたの大ファンです。またあなたの絵が見たい。」
亜矢子の子宮を縫合しながら医者が言う。
「4月。島根県立美術館でお待ちしています。」
僕は言う。
僕は父であり画家である。
奇跡の連続した展開に僕は強い。
腕の中で生まれたての大きな瞳がどこまでも深く僕を見つめていた。
僕は同じ瞳が自分の中にあったことを思い出していた。
全力で立向かおうと僕は思う。