静かな湖

その日、僕はすぐに多摩湖の異変に気が付いた。

コイが泳いでいた。
背びれをぬるりと光らせた大きな鯉だった。

湖ならコイくらいいるだろうと思うかもしれない。
僕がただのコイに驚いたのにはちゃんとわけがある。

僕はほんの半年前に工事中のカラの状態の多摩湖を見ていたし、
そこは湖ではなく草原であり、水中の生き物はその時点ではゼロだった。

生物の進化のスピードではどんなに早くても今はミジンコくらいでありコイはあり得ない。


「驚いたでしょう。」
コイは言う。
「驚きました。」
僕は素直にそうこたえる。

「歴史の文脈にそって姿を見せればコイだって人を驚かす事が出来るのです。」
コイは自信に満ちている。

半年前までここに水がなかった事、を説明しにコイは別の人のところへ泳いで行った。




「コイ。」
僕は呼ぶ。

「2度驚かす事は出来ないので僕を呼ばないで下さい。」
コイはちらりと目だけをこちらに向けて言った。

「大丈夫です。あなたはコイとしても立派なのですから。」
僕は言う。



そういう僕ももちろんだれもいない湖の一番乗りを目指している。
そこは台風で平日のプールみたいに静かで孤独な湖なのだろうと僕は思う。