涙のゆくえ

咲哉が肺炎で入院した為、僕はその部屋に滞在する機会を得た。

子供の親は夜は泊まらず家に帰ってもらうというのがその病院の方針になっていたので、
いうことをきかないことに慣れている僕だけがその部屋に残った。

たくさんの0~1才のあかちゃんたちが並べられた病棟で、
同じように僕は小さなベビーベッドの上に横になった。
不安と悲しみに満ちた赤ちゃんたちの泣き声が絶え間なく空気を振動させて、
僕は一時間おきに目を覚ました。

天井に取り付けられた監視カメラはそのことについて特に何とも思わないようだった。

涙が出ることは生きている証拠なので医者にとってはむしろ安心できる要素なのかもしれない。


「気をつけて下さい。誰かに心配してもらえているという環境には依存性と中毒性があります。」
泣いてる赤ちゃんたちに向かって僕は言う。
「だから僕は心配していないように振る舞うかもしれないし、心配されないように振る舞うかもしれない。」
場合によっては単刀直入に言うかもしれない。
心配されることの無い自分に成長することでしか前には進めないのだということを。


目が覚めると、相変わらず病室は泣き声に包まれていた。
でも僕はもうそこに悲しい空気を感じはしなかった。
よく見ればこの病棟は産まれたての命に満ちあふれている。

「おはよう。」
僕は手術用のゴム手袋を膨らませて風船を作るとベッドの中の赤ちゃんにトスを上げた。