つくし

この疲れた体で限界まで体力を使い切って制作を進めるよりは、残りの時間は明日へのコンディション作りに使った方が、作品は良くなる。
どんなに忙しくてもそうすることが出来る余裕だけはぎりぎりのところで残してある。

多摩湖で夕食のつくしを摘んだ。取り過ぎると房を取るのが後でとても面倒なので程よく一食分。
ここのところ、まるで総理大臣みたいな忙しさだけど、総理大臣にはつくしはきっと摘めないだろうなと僕は思う。
とにかく僕はとても追い込まれているし、追い込まれた春はつくしを食べた方がいい。

2010年宮島。
宮島の鹿はよく人になついていて船を降りてすぐに沢山の鹿と触れ合った。
厳島神社をお参りして、人ごみの嫌いな僕は、誰もいない山の奥の方へ一人きりになりにいった。
日が暮れ始めて気付いた時には人はもう誰もいなくて、鹿が30頭くらい茂みの中から見ていた。
しかも残念なことにとても細い道を鹿達とすれ違いながらでしか帰ることは出来ない状況になっていた。
立場が逆転した恐怖に僕は脅えた。
無意識のうちに、人間がいかに自然をコントロール出来ると錯覚していたかを知る。

一匹目の鹿が僕のカラフルなズボンを食べた。
僕はズボンが破れないように噛み付いた鹿の口をさらに上からぎゅっと強く両手で掴んだ。

これによって鹿はもうこれ以上噛み付いていたくはないのに口が離れない状況に追い込まれた。
もう一度立場は逆転した。
僕は鹿の口を掴んだまま一人一人の鹿と順番にじっくり目を合わせた。

鹿たちによってふさがれた帰り道が開ける。

そっと手を外すと、鹿もそっと口を離して僕を見た。

「逃げなければ怖くない。」

と僕は鹿に言う。

と今日の僕に言う。

つくしを食べながら明日を戦うコンディションを整える。