ワークショップ壁画 No4 最終回

ようやくここまで来たのだと彼女は言う。

アーツアライブ代表の林容子は会うたびに常にようやくここまでたどり着いた瞬間にいる。

さらにようやくたどり着いた彼女の今を信じられないことに僕に任せる勇気を兼ね備えている。

それはとても大きな賭けであり全ての始まりだった。

当初、僕は2mの壁画を描くつもりだった。

「広島の壁画ではアシスタントは何人でしたか?」
と電話の向こうの彼女は言う。

「僕を入れて6人で制作しました。」
と僕は言う。

「では今回は10mでお願いします。高齢者は30人います。彼らをアシスタントとして捉えてください。」

30人÷6人=5、2mの5倍の10m。

驚くほど計算が速い。

僕は企画書に高齢者を本気で助手にして壁画を描くと書いていた。
確かに本気でそうするなら10mの計算になる。

「了解しました。」
と僕は言う。




名古屋城に行った影響でホテルの部屋の窓を開けると天守閣にいるような気持ちになる。
今回は良い部屋の予約が取れた。
遠くの空をハトの群れが舞う。

作品は完成に近づくにつれて壊したくない気持ちが強くなり、手を加えるのが怖くなる。
このワークショップではその状態の作品に30人が一斉に手を加える。
一分先の画面も読めない。
少し先の未来で僕は笑顔でいられるだろうか。

ここまで素晴らしくなった作品が壊れていく時、僕はきっと笑顔でいられない。
必ず成功させなければあっという間に台無しになる。

「もう完成でしょう。これ以上この画面に何をするんですか?」
と何人からも聞かれた。
「まだまだこれから最終回が一番おもしろくなるとこです。」
と僕は言う。
でもそれは嘘で実は誰よりも僕が不安に思っていた。

ここで僕から挑戦の気迫が消えれば一気に逃げの方向へ全体の流れは傾いてしまう。

壁画はすでにこれまでの僕なら完成とするポイントを何度も何度も向こう側へ突き抜けていた。
これまでの僕のままであってはこのワークショップに挑戦する意味がない。

気をまぎらわす為にテレビを付けてみた。
「かぼちゃの煮付けはちょうど良いところで火を止めることが大切です。」
料理番組の一言一言までが僕の心に刺さる。

テレビを見ることを諦めていつものように一階のレストランで快適な朝食をとり、いつものように美しい川沿いの道を歩いて会場へ向かう。
水はとても澄んでいて川底を歩く亀がはっきりと見える。


最終回。

僕がそんな不安と闘っていることを僕よりずっと長く生きてきた参加者たちはたぶんお見通しだったのかもしれない。

参加者が想像を遥かに超える最後の宿題「鳥」を持って集った。

それはもの凄く本気の鳥だった。

そこには絵を描いたことのない人々が鳥とは何かをひとつひとつ発明しながら凄く長い時間をかけて描かれた鳥たちがいた。

この人たちはいつも僕が頼んだ以上のことをする。

あまりに素晴らしくて感動していると、おばあちゃんがカバンから2枚の失敗作を出してみせてくれた。

「これが描けるまでに2枚失敗しました。」

全然それは僕から見ると失敗などではなかった。

その失敗作で十分僕の想像の範囲は超えている。
でもよく見ると確かに1枚目より2枚目、2枚目より3枚目の方が良くなっている。
燃え尽きたけど燃え尽きない。燃え尽きたけど燃え尽きない。×3
さらに火力はだんだん大きくなっていく。
信じられない。
そういうことをするのはアーティストの僕でも難しいのに。
すると他の参加者も同じようにぞくぞくと、壁画に加える1枚が出来るまでに何度も挑戦した失敗作をカバンから取り出した。

一枚完成しては「自分はもっと行けるはずだ」と思い直しさらにもう一度挑戦を続け、今日が来るまで自分を高める努力を繰り返してきたのだ。

ここは国立長寿医療研究センター
長寿どころか燃え尽きそうなほど頑張っている。


何となく久しぶりに福岡にいる母に電話した。
「実はいま高齢者を助手にして名古屋で壁画を描いてるんだけど、老人たちが燃え尽きるかもしれない。」
と僕は一言で状況を説明する。

「燃え尽きるんじゃない。燃えているんだよ。」
と母が言う。



カボチャの煮付けの火を止めるポイントなんかに僕が脅えてる場合じゃない。


僕はこの参加者の全力を絶対に無駄にするわけにはいかない。


最終回は描くものも描く場所までも参加者に任せた。

僕たちは一斉に壁画に立ち向かった。

途中カタツムリがカタツムリに見えなくなったおばあちゃんが不安に襲われた。
しかも大きく描き過ぎている。
彼女は昔から絵が苦手だったと言っていた。
苦戦するうちに絵が巨大化する特徴を持っている。
初回の家を描いたときも誰よりも巨大な家になった。
今ではそれは全体の画面に描かせない存在となっている。
でも今回はどうだろう。
難しいかもしれない。
でも彼女はひたすら弱音を吐かずに描き続けた。
だから僕は何もしない。
「何もしないことが素材のうまみを活かす一番の方法です。」
アドバイスを我慢してひたすら応援に徹した。

一時間が経過した頃、逃げ出したい気持ちを5回くらい通り越した神々しいカタツムリがそこにいた。

よく見ると10mもある画面の隅々までがそういう空気で覆われている。



僕たちはやり遂げた。


会場は喜びと希望に満ちていた。


「この作品のタイトルは"希望"とします。

 皆さんはこの絵の作者です。

 いつまでもそれを忘れないでください。」


ありふれた題名だけど世の中の希望と題された全部と勝負できる力がある。

花火のフィナーレで夜空が花火で埋め尽くされた時や満開の桜に似ている。


人は燃え尽きない。


人生の最後まで燃える火であり続けることが出来るのだと僕は知った。




こんなにも一生懸命になって一緒に制作をしてくれた参加者の皆様、ここまで影で制作を支えてくださった関係者の皆様、本当にありがとうございました。心よりお礼を申し上げます。

*このプロジェクトは一般社団法人アーツアライブ主催「平成25年度経済産業省 地域ヘルスケア構築推進補助事業」の一環として実施されています。