節分

画家になったばかりの頃、
僕が全く言われた通りの絵を描かないので画商に山奥の温泉に呼び出された。

山奥の谷の深くにある歴史ある温泉の逃げ場の無い一室に、
豪華な料理が用意され、好きなだけお酒が運ばれて来た。
僕が一通り遠慮なく頂いた頃に、画商は言う。
「買い取るよ。」
僕は相手の目を見る。
「買い取って自分の物にして、君の目の前で破いてみせよう。そしたら少しはまともな絵を描くかもしれない。」
画商は言う。
「そしたら、頂いたお金をあなたの目の前で破いてみせるよ。そんな事をしてもいい事なんて一つもない。」
僕は言う。
その会話は決裂を意味したし、その後の僕の数年間を決定的につらいものにした。

だけどそのおかげで今日がある。

僕はまめを一握り掴むとアトリエのベランダから渾身の力を込めて投げた。
山奥の池に向かって何度も石を投げたように力の限り。

亜矢子が「福は内」と言いながらそっと室内に豆を転がす。

1階のラーメン屋に人が並んでいようとも、たとえベンツが止まっていようとも、今日は空から豆が降る。