閃き

今までの時間の流れの延長上に自分がいる確信は軸を強くして、
今日から続く時間の延長上に向かって僕を歩かせる。

もうすぐ個展でやることは山ほどある。でも閃きだけはそれとは別のところにある。

閃き待ちの間、僕は奥多摩湖へ行くことにした。
山に入るとすぐに空気は変わり、僕をワクワクさせた。
いくつかの小さく暗いトンネルをくぐり、カフェオレ色の湖にたどり着く。
まだ何も降りて来ない。
悪天候奥多摩湖は僕を寂しい気持ちにさせただけだった。
僕はその寂しさと一握りの苔をポケットに入れる。

村人1、村人2、村人3、とすれ違う。
誰も話しかけて来ない。僕も話しかけない。
近くで手首と足首が見つかったらしいので村人じゃない僕は多分怪しまれている。

カフェオレ色の川沿いを歩いていると放し飼いの大きな犬とばったり出会う。
お互い動きがぴたりと止まって見つめ合う。
しっぽを振るか吠えるかで次を決めようと僕は思う。
しっぽを振るか吠えるかで次を決められる、と犬は思う。
濃いマイナスイオンの中、何も言わずに僕たちはすれ違う。
まだ何も降りて来ない。

アトリエの盆栽に拾った苔をのせる。
その上に一匹のダンゴムシが登る。
「今日は何も閃かなかったよ。」
と僕が口にすると、いつものように僕は閃いていた。