初雪

展覧会が終わって、花咲く水槽の栓を抜く。
中身が僕の体内に流れ込む。
ピンと張った氷の湖面と、中でうごめく水流。
関わってくれたあらゆる方々、見にきてくれたあらゆる方々ありがとうございました。
僕は人々の記憶の中で永遠に振動を続ける。


真夜中。灯りの消えた大きな病院の広いロビー。
黒いソファーに仰向けになって高い天井を見ている。
体温は40℃。もう全部いやになった。
ただ僕は朽ちていく。


難民キャンプ。
人々はただ朽ちていく。薬どころか食べ物もない。
かけつけた医師はなす術も無く彼らを見守る。
政府に派遣された視察のスーツの団体がやって来る。
「少しだけでもかまいません。献血をしていってください。」
医師が言う。
「大変申し訳ありませんが、他の苦しんでいる人々のとこも
見てまわらなければならず時間がありません。」
スーツの人々が足早に飛行機に乗り込んでハーゲンダッツのアイスを食べている。
僕は難民最後の力を振り絞って機内に突入する。
「一口だけでもいいから僕に下さい。」
「基本的に一個人への援助は禁じられております。」


乳白色の点滴が僕の体内に流れ込む。
目が覚めた僕はナースコールで医師を呼ぶ。
「僕はこれまで心臓の重みを絵画にのせてきました。」
僕は言う。
画家の仕事と高熱の関連性について僕はしつこく問う。
この医師に嫌われたとしてもかまわない。
これまで聞けなかったことも全部聞く。
「絵画と発熱は関係ありません。何らかのウイルスに感染しただけです。」
医師が言う。
ここまでたどり着いた画家は世界の医学界においてまだ僕だけらしいことを僕は確認する。
僕は少し元気を取り戻す。


病院を出ると外は極寒。
朝の冷たい空気が僕の意識を一瞬で白くする。
時々コンビニで体を休めながら少しずつ前へ歩く。
レジの横のおでんが温かそうな湯気を立てている。
体内で花咲く水槽が振動を続ける。
冬の似合う僕はハーゲンダッツのアイスを一つ買う。
アイスと冬が少しだけ僕の体温を下げてくれた。
初雪。