一月終わり。

目が覚めると青い空が広がっていた。
ベランダから澄んだ景色を眺める。
遠くの山々に雪が積もっている。
突然僕は そこへ行きたい と思う。

アトリエの掃除をしているうちに、
行きたい は 行かなければならないに成長をとげる。
突然そんなこと思っても無理そうだし
それが僕の悪い部分じゃないだろうかと頭で考えながらも、体は準備を進める。
なんといっても出発するには時間がもう遅すぎる。
大急ぎで水筒とチョコレートとカメラを持って電車に乗り込む。
まだ行くと決めたわけじゃない。と僕は僕に何度も言う。

さらに電車を乗り継いで、車窓が緑を映し始める。
僕は嫌いな電車の長旅でぐったり疲れている。
不安から具合も悪くなってきた。
「別に今日行かなくてもいいと思う。」自分に言ってみる。


結局、僕は登山口に立っている。
本格的な服装の登山者が次々に降りて来る。
登る人はもう見あたらない。
せっかくなので途中まで散歩してみようと思う。
けして山頂を目指すわけじゃない。

何処で引き返すかを考えながらも足を止めることだけはしなかった。
知らず知らずのうちに僕は
今日中に登って降りてこれるスピードを計算して歩いている。
凄く早くとてもきつい。
いつしか僕の服装が不自然なほどの高さに来ていた。
たぶん、もう引き返すよりも山頂の方が距離が近い。

突然の登山で脳がパニックを起こしているけれど、
下山者には絶対悟られないよう笑顔ですれ違う。
吸っても吸っても足りなくなった息を止めて挨拶を交わす。
木に覆われた暗い道が開ける。
僕はついに山頂に立っていた。
朝、ベランダから見た雪の上に僕はいる。


そしてやっと僕は迷い無く引き返すことが出来る。
前へ進むことだけに集中していたさっきまでとは全然違う。
目的地から解放されて森の木々の隅々まで意識が行き渡る。

夜が迫る。
「走って。」
いつかのパラグライダーのインストラクターの声が聞こえる。
全てを見逃さず、いっきに山を駆け下りる。
丁度そういう競技の選手が走っていたので一緒に山を駆け下りる。
僕は風を掴む。

一月終わり。