青空の下の小さな革命

もはや間違っていたとしてもかまわない。

「人生楽しいことなんか一つもない。」
あまりに悲しい一言が全ての始まりだった。

僕は思考回路のスイッチがoffになり、感情の固まりとなる。


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僕はきれいに身だしなみを整え、なれない大きな車を借りて運転している。
ある人を迎えに行くために。
緊張の鼓動が胸を揺らす。



老人ホーム。 外を拒絶した空気。
あたりさわりないインテリアにあたりさわりない出来事の反復。
前回の僕はこの空気にあっというまにのまれてしまった。

まとわりつくそれをふりはらい足早に部屋へ向かう。
僕の9年前の師は天気が良いのに今日も布団で寝ている。

さっそく僕は計画を実行する。


僕はキャンドルに火を灯すように、全ての老人ひとりひとりに作品のファイルを見せて回った。
瞳の中に光がともるのを見届けて次へと移る。

「すばらしいです。私も絵が描きたい。ここに教えに来てください。」
ひときわ熱心に時間をかけて見ていた老人が僕に言う。

「その気持ちがあれば教わらなくても描けます。
 だけど、もしどうしてもというなら幸運なことにあそこに先生がおられます。」
僕は9年前の師の顔をじっと見る。

「よかったねえ。こんな若いお兄さんが会いに来てくれて。」
通りすがりのスタッフが見当違いの言葉を落とす。

「この人を子ども扱いしてはいけない。
 この方は世界遺産的画家である僕の師です。」

計画通り。完璧だった。
今やこの施設内の人々は先生を憧れと期待のまなざしで見つめ、
いつのまにか、小さくなった先生の背筋もピンと伸びていた。

施設内の革命終わり。

次は先生の内側。


先生を車に乗せようとした時、予想外のハプニングが起こってしまう。

「家族以外の方が外へ連れ出すことは出来ません。」
高圧的な声だった。

世界中のこういう敵は僕のもとへ集中的にやってきているのではないかといつも思う。

この日、僕はサプライズで空間を用意していた。
絵画がステンドグラスのように並べられたその場所で、先生の内側に何かが起こることにかけていた。
僕は僕の作品と先生を信じている。

「外で何か起きたらどうるすんですか。」
この人の意見をくつがえすのは不可能に近い。

「何も起きないよりはだいぶいい。」
僕は言う。





「ごめんね。」
突然先生が謝る。




「せめて外を散歩させてください。」
僕は言う。
僕は先生にとっては久しぶりの青空の下へ連れ出した。
このまま脱走することも出来た。
だけどそれは先生の最後の居場所を奪うことになりかねない。
僕は結局恐れ、一人で家に帰った。

このままでは終わらせない。ふとんのなかで僕は思う。

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テレビ局の取材がアトリエにやってくる。
アトリエをひととおり撮影し終えた後、
僕は海へ連れ出し、海草を拾い、コンビニのコピー機に挟んだ。
その際、彼らはコンビニの許可をあっさりと取って見せた。

「アトリエに飾ってなかった大きな絵も撮りたいのですが。」

「せっかくなので僕も是非撮ってもらいたいです。
 ただ、アトリエでは絵が大きすぎて飾れません。
 展示の許可を取ってもらいたい場所があります。」

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「許可が下りました。」
元気な電話が入る。
僕は思わず天に向かってガッツポーズした。


大作3点を乗せて先生のいる老人ホームへ向かう。


先生の手を引きホールへ続く階段を下りる。


先生の目が大きく開く。



誰かのために青空は作れない。
但し、
誰かを青空の下へ連れ出すことは出来る。




今回のことに関わった全ての皆様、本当にかけがえの無い時間を過ごすことができました。
感謝します。ありがとう。