受話器の向こう側への冒険

偶然のマダムの登場によって僕は久しぶりに近い未来で個展をやることになる場所を見付けた。


そういうのはいつも理由もなくただ分かる。
僕の忠告どおり一階のまんじゅう屋さんは無くなったし、それを忠告した事で説教されたりもした。
こういう時は理由を考えると分からなくなったり説教されたりするので考えないことにしている。

久しぶりに僕が動く事になった。
マネージャーはそれぞれ別に大切な仕事を抱えていたし、彼はたぶん僕そのものを探している。

そこのオーナーである病院の院長に電話をするため、僕は多摩湖へ向かった。
大自然の中で僕はとびきり感じの良い声が出せる。

湖のとても沢山の水を眺めながら僕は電話をかける。
「院長は手があいておりません。」
あっさり電話は終了した。
電話の苦手な僕にとって実はこの電話は1年に一度しか出せない必殺技みたいなものであったので僕は途方に暮れた。

それでも3回目の電話でようやく院長につなげてもらえた。
1年に一度しかやれないことを1日に3度もやってしまった僕はすでに相当体力を消耗していた。

さらに僕は電話での説明が味のない給食のソフト麺をそのまま食べるくらい苦手なので、
予想通り僕の電話での言葉もまたソフト麺のように味のないものになってしまった。
そもそも絵を言葉で説明など出来るわけがない。
僕の口から出たソフト麺は一本も向こう側に届く事なく湖の底に音もなく沈んで行った。

このまま電話を切ったら全てが終わる。と僕は思う。
「これからそちらに伺います。続きは仕事が終わった後にお話ししましょう。」
僕は言う。
断る隙間を与えずに僕は電話を切った。
会う事さえ出来れば僕はやれる。

病院の待合室で病気ではない僕は待った。
待合室の照明と壁と天井をひととおり観察し終えると
仏像についての本が置いてあったのでそれを読んで待った。

患者が一人ずつ消え、患者が全て消えると、
看護婦達は普通の女の子に戻り普通の世間話をし、
やがて看護婦達も消えると、僕は待合室に一人になった。
院長は出て来る様子はなかった。
まるで小さな忘れ物のように僕は待合室に取り残され、
僕が透明になったかのように病院は静かに閉店していった。
灯りは消されなかったのでさらに僕はとても待った。


しばらくしてスーツの男がこちらへ歩いて来た。
僕は3往復目の仏像の本を読んでいる。
「院長が3階の応接室でお待ちです。」
男が言う。

もちろんお待ちなのは確実に僕の方なのだけれどそれくらいで僕は機嫌を損ねたりはしない。
やるべき事はすぐそこに見えている。


そして11月に個展が決まって、8月号に続き9月号の装苑にも掲載が決まって、
僕は仏像について少し詳しくなった。