航空博物館とヒルトンホテル

予選にも決勝にも出場せずに表彰台には乗れない。
と誰かは言う。
僕はオリジナルな表彰台を自分で作ってそこに乗ってみた。
少しイメージと違ったので、出場したうえで、
用意された表彰台に乗らず持参した表彰台を持って登場したいと今は思う。


外は冷たい雨が降っていたので、僕は3才になったばかりの咲哉を助手席に乗せて飛行機の博物館へ行った。


シンプルな空間をただその一点だけで満たせるような作品が作りたい。

その反対に溢れるほどに物が多い中でも圧倒的な存在感を放つ作品でありたい。



航空博物館。
駐車場から傘をさして歩く最中、なんと咲哉は転んでびしょびしょになって泣き出してしまった。
困っているとまるで運命が味方するかのように、入り口を入ってすぐのとこに記念撮影用のパイロットのコスチュームが置いてあった。
試しにそれを着せてみると凄くかわいくなった。


ヒルトンホテル。
与えられた条件のイメージが自分を大切にしてもらえてないような気持ちになるので、広い空間を一点で満たす為の努力に比べて、満員電車の中で輝く努力は、どちらも良い作品であればいいだけで同じことだけど、どうしてもネガティブなへ方へと気持ちが向かいやすい。


パイロットの服はサイズごとに何着か置いてあって次の人が待っているわけでもなさそうだったし、奇跡的に係の人がいなかったので、誰かに怒られるまで、それを着たまま行けるとこまで行ってみよう。ということになった。
「最高のパイロットになりなさい。」
と僕は言う。咲哉が敬礼する。

空港に見立てた館内にはいろんな種類の飛行機が展示されていて、そのいくつかは機内に入ったり操縦席に座れたり出来るようになっている。
本物の空港と違って咲哉の他にパイロットはいない。咲哉は圧倒的なパイロットの輝きを周囲に放ち、まわりは全て乗客に見えた。
勝手に全員の期待を一人で背負った咲哉はそのとても大きなプレッシャーに打ち勝つことが出来た。
「出発進行」
操縦席に座った咲哉の大きな声が館内に響き渡る。
完璧にパイロットになりきった咲哉が館内を誇らしげに進む。

咲哉の後方から、注意しそうになった大人を僕が目で制しながら援護する。
「今日はこのままでいい。」
と僕は無言のメッセージを送る。
こういう場合、どちらがその状況に自信を持っているかにかかっているし、なんといっても小さなパイロットを含めた飛行機のある景色はとても素晴らしかった。


僕は思い出していた。島根の郵便局にたった一枚の絵を飾ったことで、感動した人から電話があった日のことを。
郵便局にくらべたら、ヒルトンホテルで僕のやれることは計り知れない。
課題として捉えることが出来た瞬間、僕にやれないことはなくなる。


今日もホテルは結婚式みたいな匂いがする。
僕はエレベーターに乗ると、ボタンを見ずに適当な階を押した。
「あなたも獣医さんですか?」
エレベーターに乗り合わせたスーツの男性に尋ねられる。
僕の行き先で獣医の学会が開かれているらしい。

「必要であればそうします。」
僕は獣医の階でエレベーターを降りる。
いつのまにか持参した表彰台がポケットの中に入っている。

この大きなホテル内に小さな入り口を開くことに成功したことで、
次の行動の選択肢が突然広がったことを知る。


「出発進行」
心の中の小さなパイロットが僕に言う。



ヒルトンホテルでの展示は今日から4日間です。詳細は活動予定の方に記載しております。