出雲滞在

実は少し前に展覧会最後の作品「見えない広場」の制作のため島根に滞在していた。

何を描くかを全く予定せず出雲へ行く。

最後の作品は島根で閃くとだけ前々から予定していた。


JALの機内から富士山が見える。

島根に到着して僕はあれを描きたくなるのだろうか。今のところ全く描きたいとは思わない。
富士山が見えたのに描きたくならない自分に気持ちが焦る。
決して無理して”描きたくなったこと”にしてはならない。
それが多くの場合、スランプの原因になっている。と僕は分析している。

「ずいぶん真剣に富士山を観察しておられましたね。」
とスチュワーデスが僕に言う。

「はい。とても真剣です。シークワーサージュースをお願いします。」
と僕は言う。


162.0cm×162.0cmの大きなキャンバスにその日にこれだと思ったものを即描き込んでいく。

何も閃かなかったらどうしようという不安に何としても打ち勝たなければならない。

平田にあるレストラン椿屋で景色を見ていると決定的なインスピレーションが降りて来た。


僕は乗り越えた。不安はもう何処にも見あたらない。

神々の土地の神聖な空気が次々に僕の体を通過してキャンバスに送り込まれていく。


手応えを感じながら出雲空港を歩いていると雀が落ちていた。

僕はロッククライミングが趣味なのでわずかなくぼみがあれば登れる。

素早く柱を登って巣に押し込んだ。

雀はいつまでも僕に何か言っていたけど言葉が分からない。

それより先に早く僕は英語も勉強しなければならないことを思い出す。


運が良ければイルカの見えるという多岐の海岸を歩く。

僕は常に運が良いのでもちろんイルカも泳ぐ。

10頭くらいの群れをなして気持ち良さそうに登場した。

イルカより僕の方がその海岸への出現率は確実に低いのに人々は知らずにイルカを見ている。

これまでちゃんと僕と出会ってくれた人々ありがとう。と僕は思う。


いよいよ展覧会がはじまればあのイルカも含む全員が今度は僕の方を見るだろう。

その為の準備は整った。

僕は海へ一礼して東京へ戻った。