人間がこんなスピードで空間移動をして大丈夫なんだろうか。
ほとんどの景色を見落としながら新幹線と僕は高速で進む。
そんなことは誰も心配してないようで新幹線の中ではなぜかみんなビールを飲む。
周りの人々の多くはだいたいビールを飲んでいる。
隣の座席の女の子までビールを飲んでいる。
やっぱり飛行機の移動の方が好きだな。と思う。
前の座席の背もたれからテーブルを出して手帳を開いた。
帰りの新幹線の中、到着までに一月の個展のタイトルが閃く。
と手帳に書かれている。
そして [未知の領域へ SEAT 7E 窓側] と自分の気持ちと座席番号を書き込んだ。
(展覧会へのご来場ありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。)
昨年後半あたりから、それについて集中して考える時間がとれそうな日時に [閃く予定] を入れるようになった。
そうすれば、あれこれ同時に考えて見た目や態度が忙しすぎる人になるのを防ぐことが出来る。
世の中には忙しすぎて性格や態度が悪くなる人と、性格の良いまま忙しい人がいる。
僕は後者をとても尊敬しているしそうでなければならない。
引っ越しでお世話になった日本通運でさえもあんなに手が震えるほど重いものを運び続けながらあの性格の良さを保ってみせたのだから。
そんなある日、[Tシャツ新作デザインについて閃く]と予定に書かれていた。
[30人の高齢者が本日よりプロフェッショナルな助手になる。]
とかに比べたらそれはとても心軽やかな優しい予定だった。
こんな日記を書く余力さえも持てる。
静寂が大音量で鳴るアトリエの庭から小さな小鳥のさえずりが聞こえる素敵な一日の始まりだった。
さっそく僕は欲しい服について考え始めた。
薄ピンクがいい。
赤を白で薄めたのではなくて蛍光ピンクを白で薄めたのがいい。
パレットの中で理想の色を作り始める。
それからデザインに大きな丸を取り入れた服が着たい。
Tシャツ型に紙を切って薄ピンクの大きな丸を置くと丸が夕日に変わった。
島根県立美術館から見た夕日をなつかしく思った。
もうじき沢山の白鳥の群れが帰ってくるだろう。
僕は一気に白鳥の群れを描き終えた。
出来た。
なんてオシャレなTシャツなんだろう。
島根に行ったお土産として持ち帰りたい。
島根にはオシャレなお土産が必要だとも思う。
あの夕日を見てこのTシャツを手に入れられたら素晴らしいことになる。
すぐに島根県立美術館へ連絡するとお喜びのお返事が来た。
よかった。
これで夕日を見た人が白鳥のように全国へ飛び立って行くことになる。
と思った次の瞬間、飛行機。と僕は閃く。
僕はすぐに出雲空港へメールした。
返事が遅い、またはないので電話した。
メールはちゃんと届いておりますでしょうか。
届いている。と相手が言う。
よかった。と僕は言う。
この作品は白鳥のように島根から全国へ飛び立って行く作品になるべきでそれにはあなた方の助けが必要です。
これが決まったら
次はJAL出雲便の機内販売へも電話しよう。
そういえば空の上での作品発表は僕の夢だった。
そのことを早くJALに伝えなればならない。
島根へはJALしか行かない。
飛行機の中のイヤホンから流れる音楽についても相談したいことがある。
でも今日はもう一日が終わる。
時間がない。
僕の場合、どのようなことがあっても睡眠時間は削ってはならない。
睡眠時間を削るとあんなにやりたかったことが、いつのまにかとくにやりたくないことに変化してしまうし、あっというまに一日をつまらないものに変えてしまう。
常にベストコンディションを保っていなければ明日の閃く予定にうまく閃かないだろう。
そういえば亜矢子から咲哉が生まれて出て来る時も、その直前まで出来るだけ眠った。
亜矢子は僕がお腹をさすらないことに怒ったけれど、僕がベストの状態で咲哉を受け取り、ちゃんと感動し、ちゃんと喜べるコンディションでその瞬間をむかえれば、僕はそのあと必ず家族を幸せな未来へ導くことになると約束できる。
と説明すると隣で亜矢子のお腹をさすり続けていた亜矢子の母まで眠り始めた。
常にベストコンディションでいることは僕の人生のコンセプトかもしれない。
手帳の中の空いた未来にJALへ送るメールが閃く。
と書き込む。
こうしておけば未来の僕がちゃんとやる。
今日も予定以上に閃いて僕は一日を終えた。
目を閉じると
「空の上での作品発表は僕の夢でした。」
と機内雑誌のインタビューで未来の僕が言っていた。
窓の外には雲海が広がっている。
雲海はあまりに壮大なので高速で移動しても見落としようがない。