ヒヨドリ

自分の中の湧き水をそっとくみ上げる。

すぐに濁ってしまうデリケートなそれを、いかに純度の高いままくみ上げられるかが僕の仕事だと思っている。

僕がくみ上げた湧き水をいろんな人がいろんな容器に入れて持ち帰り、いろんなことに使ってくれる。

そのまま飲まれたり、ご飯をおいしく炊いたり、野菜をおいしく育てたりするかもしれない。

時には僕も一緒に効果的な使用法を考えることもある。
それはいつもとても楽しい時間になった。

でも僕の仕事は湧き水をくみ上げることですでに終わっているし、その使い方を考えるより先に次の湧き水をくむことを優先させなければならない。

いつかもう乾いて出てこなくなった時、限りある資源になってしまった湧き水の使用法について僕は今より真剣に考えなければならなくなる時も来るかもしれない。

でも今はくみ上げることが僕の最優先の仕事だと思っている。

僕は自分の中の湧き水をそっとくみ上げる。



中学校の前で男子生徒たちが暑いのにしゃがみ込んで何かを見ていた。

ヒヨドリの赤ちゃんが落ちていた。

とてもかわいくて連れて帰りたかったけれど、あまり親鳥から離さない方が良いと思ったので、近くに住んでいるという生徒の家に行ってエサも買って少年の家族にヒヨドリの魅力と飼育の仕方についてプレゼンした。

「あそこに見えるのが親鳥です。えさはこれを水でこねて口の中に押し込んでください。最初は嫌がりますが押し込んでください。水でこねたえさを与えているので水は与えなくても大丈夫です。すぐに飛べるようになります。少しの間だけこの家に住まわせてやってください。」

僕はついさっきエサを買いに行った小鳥屋さんで仕入れたばかりの情報を話した。

するとヒナが僕の手から落ちて一才くらいの赤ちゃんの頭の上に乗った。

これはかなりの減点ポイントだ。
なんといってもその家で最も大切でデリケートなものの上に乗ってしまったのだから。

と僕は思ったけど赤ちゃんは怖がらずにヒヨドリを頭に乗せ続け、ヒヨドリも頭に乗り続け、お母さんもそれを眺め続けた。

ふわふわとしたうぶ毛に包まれてヒヨドリは気持ち良さそうだったし、赤ちゃんもヒヨドリのお腹の柔らかい部分があたって気持ち良さそうだった。

ほっと胸を撫で下ろす。

僕はなるべく何事もなかったかのようにヒヨドリの赤ちゃんと人間の赤ちゃんの頭を交互に撫でて
よかったね。と小さな声で二人に言った。

「もし困ったことがあればいつでも僕に電話をください。」
と連絡先を渡した。

家族はこんな僕の突然の訪問とお願いを快く引き受けてくれた。

良く断らないなと思った。


あの家にまるでヒヨドリがやったかのように見せかけて沢山の幸福をもたらしたい。

ここで夜中に米俵を玄関の前に置いておけば、あの少年は夏休みの作文でそのことを書くだろう。

それは300年後には日本昔話となるだろう。

僕は自分で絵本を書かずに未来に物語を残すことが出来る。

と僕は思った。