島根大学医学部付属病院 小児病棟 絵の中に旅行しよう


島根大学医学部付属病院 小児病棟 ワークショップ

「絵の中に旅行しよう」

ここに世界中の人が旅行に来たいくらいの絵を描けば、本当に子どもたちを旅行へ連れて行ったのと同じになるかもしれない。

と僕は思う。



セミの賑わいが夏本番を感じさせる季節となりました。
どうぞお体に気をつけてお過ごしくださいませ。


JALの機内アナウンスが流れ、僕を乗せた飛行機が出雲空港に着陸した。
いよいよ明日から小児病棟での制作がはじまる。

これからの5日間が僕の未来を確実に変えて行くことが僕には分かっている。



実は依頼があった時、来年にしてほしいとお願いした。

僕はあまりに忙しく、この忙しすぎる毎日の中に、未来を変える5日間を挟むのは怖かった。

失敗したら今後の予定全てに影響が出るだろう。

そして沢山の人に迷惑をかけるだろう。

と思ったこの時点で僕はすでに負けている。

僕ははっとした。


「危なく負けるところだった。」と僕は気付いた。

やることを決意した。


危なく分岐点に気付かずに流されるとこだった。

なんとか僕は今日に足を運ぶことが出来た。


今日を選んだからには今日に全力を尽くそう。


そして僕はその5日間へ飛び込んだ。






1日目。

もともとNICUだった小児病棟の一部屋をアトリエにして8mの壁画制作は始まった。
部屋いっぱいに広がる真っ白なキャンバス。
5日間で完成する気がしない。
窓からは出雲の大きな景色が広がっていた。


まずは絵の具で絵を描くことへの不安を軽くするため、その日の朝、いろんな種類の葉っぱを集めて持って行った。

葉っぱなら緑で点を打っただけでも葉っぱに見えるので参加することへのハードルが低くなる。

以降この方法で子どももお母さんも、お医者さんも病院で働く人も、アトリエに足を踏み入れたほとんどの人が、最低でも葉っぱ一枚は描いていくようになっていった。

僕は描いた葉っぱはすぐに切り抜いて大きな画面へ貼り、もっともっと必要であることをみんなに伝えた。

こうして初日は始めて参加することへの緊張と勇気の詰まった葉がたくさん散りばめられていった。


ほぼ一日をかけて一枚の葉っぱを描いた子もいた。

褒められても褒められても何度もその葉を塗りつぶして上から新たな葉を描いた。


その子だけでなく参加した子どもたちの多くは、数分前の評価をすぐに捨てて、新しい自分になり続けた。

僕もそうありたい。と思った。


葉を描いて自信をつけた子どもたちは次第に好きなものを描きはじめた。

6才の男の子が一日かけて巨大なジンベエザメを完成させた時、

僕はこのワークショップの成功を確信した。

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僕たちは行き先を決めずに見たことのない世界へと出発した。



2日目。

今回のワークショップは絵の中に旅行に行っている設定で進められている。

そうすれば病院のベッドもホテルのベッドみたいになるかもしれない。


壁画は昨日一日で景色になりかけていた。

この部屋は旅先の景色なのだ。

今日はこの旅先の景色に咲いている花や、出会った動物などを描くことにした。


旅先での発見を演出するため、家から大きなウミガメの剥製を持って行って絵の前に置いておいた。

今日はカメを見れて縁起が良いから大丈夫。

と言って女の子が一枚絵を描いて手術へ向かって行った。

ここではウミガメまでもが全力を尽くさなければならない。

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2日目は、旅先でそれぞれが発見したいものが次々に描き加えられていった。

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「みんなが同じ目的に向かって一つになる社会ではなく、別々の目的を持ったまま一つになる社会。」

「生まれたての赤ちゃんは究極に誰かを必要とする力を持っている。そういうアーティストに僕はなりたい。」



それぞれが行きたい方へ道を切り開き、それぞれが切り開いた道を僕は全力で必要としていった。

「そっちへは行かないで」とは絶対に言いたくはない。


ところがピンチは突然訪れた。

漫画のゴルゴ13を描きたいと言って聞かないお医者さんが現れた。

この旅では、それぞれが探究心の向くどの方向へ旅を進めても大丈夫。


地球は丸いから、一見別々の方角へ歩いているように見えるけど、人と人の距離が離れ続けることはない。

誰が何を描いても、僕は一生懸命に視野を広げ続け、全てを地球の一部分として捉え続けた。


ところがゴルゴ13は別の宇宙の別の星の話なのだ。

僕がどんなにコンセプトを説明しても彼は自分を曲げなかった。

こうして2日目はゴルゴ疲れで大変な目にあったけど、彼を見捨てたら僕の負けだ。



3日目

昨日のゴルゴ疲れで旅が嫌な方向へ流れないように、朝は早めに出て出雲大社にお参りしてから病院へ行った。

「僕がゴルゴのお医者さんを必要にできますように。」

これで僕の迷いは消えて決意は固まった。



正解を選ぶ力ではなく、選んだものを正解にする力。



僕はこれを磨き続ける。


出雲の神々のおかげかどうか、この日は5日間で一番素晴らしい気持ちになった。


この小児病棟のアトリエを病院の沢山の関係者が訪れるようになっていった。

みんな自分の仕事もあるのに一生懸命絵を描いてくれた。

時間がない人は家で寝る間を惜しんで描いてきてくれたりもした。

僕でも夜はぐっすり眠っているのに。


「ここが病院の中だとは思えない。」

と部屋に入った人々は言った。


この日、初日から頑張ってくれていた男の子が退院した。

男の子はまだ退院したくないと言った。

僕もまだ一緒に旅を続けたいと思った。

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僕たちはもう、本当に病院ではないどこかへ来ている。


その日の夕焼けはとても美しかった。



4日目

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前日、ある男の子が素晴らしいカワセミの絵を描いた。

「切り抜くので周りは塗らなくていいよ。」
と僕は言った。

「花火大会に行けなかったから」
と少年は言った。

少年はカワセミの周りに花火を描いた。

僕は少年の絵を切り抜かずにそのまま貼って、壁画の世界を夜にした。

朝、少年が来る前に僕は沢山の大きな花火を打ち上げた。

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少年の花火を見たかった思いが、みんなに花火を見せてくれた。

それは最高の花火大会だった。


この頃になると、慣れてきた子どもたちは絵を貼るのではなく、直接壁画に描きたいと言った。

僕は子どもたちの描きたいものを聞いて、瞬時に任せる場所を考えた。

そしてあとは素晴らしい絵を描いてくれることを祈った。

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画家の僕でも垂直な画面に直接描くと30分くらいで腕が疲れてしまう。

それなのに子どもたちは何時間も全力で描き続けた。

もっともっと自分を絵を描きたい自分にすれば僕もそれくらい頑張れるはずなのだと知った。


いよいよ明日でこの旅は終わる。






最終日


初日に葉っぱ一枚だけ、しかも僕が半分手伝いながら描いて、
あと4日間は僕が何回誘っても遠くから覗いていた男の子がこの日は積極的に手伝ってくれた。

「何かこの景色の中で見たいものを考えて。」

と僕が言うと絵を描くことが嫌いなはずなのに難しい魚の絵に挑戦してくれた。

本当に別人のようだ。

そして次から次に「他にやることない?」と僕に聞く。

「今日はどうしたの?」
と僕は驚いて聞いた。

「だって今日で完成させなきゃならないでしょ。」
と男の子は言った。


みんなが最後の力を出し切るように一生懸命絵を描いた。

最後の最後でさらにたくさんの力作が増えた。




もう明日からはみんなに手伝ってもらうことはできません。

僕はまた東京へ戻って一人で絵を描きます。

それでもみんなに沢山教えてもらったことを思い出しながら一生懸命頑張れる気がします。

みんなで描いた絵はこれから沢山の人に元気を与えると思います。

みんなこの絵の作者です。

そのことを忘れずに自信を持って一生懸命毎日を生きていってください。



本当にありがとうございました。





最後の挨拶、僕は久しぶりに涙が止められず、これだけしか喋れなかった。



病院の人たちもお母さんたちも大人たちは涙を浮かべ、子どもたちはいつものように無邪気だった。



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5日前には想像もつかなかった景色を僕たちは見ていた。




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[絵の中に旅行しよう]2016 145.0cm×800.0cm キャンバス、紙、アクリル絵の具


今日から別々の生活が始まるけれど、この絵の中ではいつまでもみんな一緒にいる。




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普段僕は写真でピースなんて絶対にしないことに決めている。

これまでどのような集合写真であっても僕だけピースはしなかった。

でもそんなこだわりももうどうでもよくなった。

こんなに頑張って今日を生きている子が隣でピースしているのだから。






東京のアトリエに戻ると一週間とは思えないほど久しぶりに思えた。


久しぶりに見る自分の作品はどれもまだ高められるものばかりに感じた。

まだ高く飛べるのに、これだけしか飛んでいなかったというこの感覚。

これが僕が何より求めていたものだ。

この一週間の旅が僕を見えない何かの向こう側に運んだのだ。


5日間、本当に楽しかった。


この5日間が僕たちの未来を確実に良い方へ変えたことを僕は知った。


Teppei Ikehila







写真・映像 : 宮脇洸太 [wharkey代表] http://wharkey.com


アシスタント[画家] わにぶちみき http://www.mikiwanibuchi.com


アシスタント 齋藤有 高田彩子 大垣千代


主催・企画 島根大学医学部付属病院 http://www.med.shimane-u.ac.jp/hospital/


*今回のワークショップで制作した作品「絵の中に旅行しよう」は来年1月~3月、島根大学医学部付属病院1階の市民ギャラリーで展示します。
また詳細はあらためて掲載致します。


このワークショップを企画してくださった井川病院長を始めとする島根大学医学部付属病院の皆様、こんなに素晴らしい機会を作ってくださって本当に本当にありがとうございました。




*8月24日18:14~18:50山陰中央テレビでこのワークショップの様子が放送されます。



*質問が多かったので追記です。

ゴルゴのお医者さんはゴルゴの目だけが拡大されたページを描きました。
自分を貫く姿勢を崩さずに、それでいてきちんと僕に歩み寄ってくださったのです。
そして僕はゴルゴの目を壁画に貼りました。
そもそも別の宇宙から参加しに来てくれただけでも大変感謝すべきことなのです。
知らない世界へ行くこと、さらにそこで自分の考えを通すことは大変勇気のいることです。

知らない世界を恐れずに知らない世界へ足を踏み出しましょう。
ふつうのぼくたちのままで。