アトリエの警察官



なぜ一旦停止しなかったのですか?
赤信号の点滅は見えましたか?

警察官が僕に話しかけて来た。

見えていました。
ところが、人も車も来ていませんでした。

こうなると僕が止まる理由はただ一つ。
”あなたが怖いから”しかありません。

そんな屈辱に耐えて僕は自分を止めることができませんでした。
あなたがいなければ止まれたと思います。

そうですか。それはなおさら危ないですね。免許証を出してください。

残念ながら僕は急ぎます。
こんなことくらいで僕が止まるわけにはいかないのだ。

画家になって18年、今になって思えば、もう一度あの頃を楽しみたいと思うことばかりだ。
それなのになぜ僕はいつも先を急いでしまうのだろう。

逃げませんので安心してついて来てください。


小学校から帰る息子の友達が手を振りながら、白バイに追われる僕を不思議そうに見ていた。
僕も子どもたちに手を振り返しながらゆっくりと車を走らせた。

警察官はちゃんとついて来ていた。

よくここまでついて来てくれました。
どうぞ中へお入りください。
僕はアトリエの中へ案内した。

ここで結構です。
警察官は言う。

それはダメです。先に中でお待ちしています。
鍵は開けておきます。自分のタイミングで入って来てください。

おかげで部屋を少し整える余裕が生まれた。

僕が警察官と作品との出会わせ方について検討していると
警察官が諦めてアトリエに入って来た。

どうでしょうか。白バイに乗っていては見えない景色もあるのです。

そして僕はようやく免許証を差し出した。
「よくここまで来てくれましたね。これをどうぞ。」

もはや免許証のことなどどうでも良くなっているに違いない。
彼はもっと素晴らしいものを手に入れたはずだ。

絵を視界に入れたら僕の勝ちだ。

これまでどんな時も僕は常にそれで勝負して来たのだ。

ゴールドですね。
免許証を見た警察官は言った。

この溢れる色彩の中でその感想。

僕の絵が通用しない。

そうですね。ゴールドです。でも僕があなたに見せたいのはその色ではなかった。
本当に残念です。

ふと警察官の顔を見ると彼は黒いサングラスを外して絵を眺めていた。

僕にはこれ以上何も言う必要がないことが分かった。

今日は僕が罰金を払い、次回は彼が僕の絵を買うだろう。