世界一の師

とても分厚く、とても重く閉ざされた扉の前で、「この先は家族以外は入れません。」と言われる。
「それは血が繋がっているかどうかという質問ですか?」と僕は訪ねる。
そこに出来た一瞬の沈黙に「僕たちは家族です」と素早く言葉を埋め込む。

白衣を着せられ手を奇麗に消毒して固いマスクで鼻と口を塞がれ、椅子に座って待たされる間、
さっき家族だと自分で言っておきながら、先生は僕のことを家族だなんて思っていないかもしれないし、会いにこられて迷惑なんじゃないかとどんどん不安になる。
それほどにその扉の向こうは、緊迫した空気が満ちていた。こんな部屋にいるくらいだから先生は相当に状態が悪いのかもしれないし、だとしたら僕の心配な気持ちくらいが我慢して家に引き返すべきで僕はここへ入ってはいけない。かもしれない。でも待っているかもしれない。ぼくがそうやって悩んでいると、看護婦さんが「ではどうぞ」と呼びにきた。

先生は一点を見つめている。僕が近づいても反応はない。ただ1点をローマ法王の置物の様に見つめている。
僕は言葉が見つからず、ただ横に立っている。

「君たちの将来を安心して見届けるまでは死ねない。」
とても小さな小さな声で先生が言う。
亜矢子が隣で必死に涙をこらえている。
家族かどうかなんて考えるまでもなく、僕たちは家族だよと僕は思う。
僕はこの状態でとても人のことなんて考えられる自信は無い。
先生の気持ちの重さを激しく再確認した。

一刻も早く先生を安心させてみせる。
歯を磨くときもお風呂に入るときも、眠る時以外は全てをその時間に費やしてその気持ちに一分でも早く応える。

もう言葉を遠慮してる場合じゃないから言う。僕は必ず先生の望む以上に本物の画家になってみせる。
大丈夫。こんなにも最高の師に僕は巡り会えたのだから。