ピカソとの対談

「常に如何に注目してもそれで充分という事はあり得ない」

僕達は何をも見逃さぬように自己訓練をして来た。

「あのセザンヌの言葉を自分のものにしたよ。」ピカソは言う。
「それは最も重要な部分だからね。」僕は言う。
「自然は2度同じものを作り出しはしない。」
「そして僕達も2度同じものを作り出しはしない。」


ピカソは甘さを辛さで埋め、苦みを甘さで中和するように何度も大胆に構図を変え、その度に深みが増していく。
僕はそれに驚き気持ちは焦るけど、まだキャンバスに触れない。僕はいつもその作業を事前に終わらせてから描き始める。

深海の洞窟の奥深くで息を止めて僕は描く。時々息をしに上がらないと不安になる。
上に上がろうとした僕をピカソは止める。
「カンヴァスのまわりは完全な闇でなければならない。」

闇よ。聞こえるなら少しの間僕のキャンバスを照らして見せて下さい。
僕とピカソはどちらも負けず嫌いなので声には出さず、心の中でそう祈る。

わずかな光が深海の庭を浮き上がらせ、僕はいよいよキャンバスに描き始める。
最後にそれが透けて見える事まで見えた上で色を乗せていく。
余計な色も線も一切無い何処までも透き通った世界。
今度はピカソが驚く。
「僕は日本人だからね。これが出来るんだ。」僕は言う。


今日はピカソの映像を流しながら隣で僕も描く。
「画家は家を飾るためにあるわけではない。」
ピカソが言う。
僕はまだそれが言えるほど偉大な画家ではない。