ミルクティー

ホテルの結婚式場へ花束を届けにい行った帰り、一階のラウンジでカフェオレを注文した。

カフェオレを口に入れた途端、僕はコーヒーの味が一瞬にして思い出せなくなってしまった。

コーヒーを飲んでいるのにコーヒーの味が思い出せない。
何だこの感覚は。

そもそもこれはコーヒーなのか。

同じカフェオレを注文した花屋である僕の父は迷いなくご機嫌でそれを飲んでいる。

「お父さん、このコーヒーなんかおかしくない?」
と僕は言う。
「そうかな?」
と父は言う。

僕の母はおいしいコーヒー豆を取り寄せて飲むほどコーヒー好きで、一緒にいる父も毎日そのコーヒーを飲んでいるのでコーヒーレベルは僕より父の方が上な気もする。

僕は世の中に疑問を持ち過ぎなのだろうか。と反省する。

あきらめてしばらく飲んでいると
「ミルクティーだ。」
記憶の泉が脳の奥底から地底のマグマのように湧き上がってきた。

これはミルクティーだ。

父のカフェオレも少し飲んでみる。やっぱりミルクティーだ。

「お父さん、これはミルクティーだよ。色が同じだからってだまされてはいけない。」
「そうかな。そういえば少しそんな感じかな。」


僕は手を挙げてウエイトレスを呼ぶ。
「これはカフェオレではなく、ミルクティーです。」
僕は謎を解き明かした名探偵のように指摘する。

「申し訳ございません。当店のコーヒーがお気に召さなかったでしょうか。」
上品な笑みを浮かべてウェイトレスが言う。
だめだ。僕はただのコーヒーの味にうるさい客だと思われている。

「違います。何かの比喩ではなく、これはミルクティーです。」

「大変申し訳ございません。もう少しコーヒーにメリハリをつけてまいります。」

ウェイトレスは毅然とした態度で丁寧に僕のミルクティー説を否定してくる。
地球が回っていることに気付いたガリレオもきっとこういう気分だったんだろうな。と僕は思う。

同意を求めて父を見るとなんと大切な証拠を全て飲み干してしまっている。

こうして僕ひとりだけが穏やかな午後のホテルのラウンジの平和を乱すやっかいものという環境が完成した。

「すみません。もういいです。」
と僕は諦めて新感覚のカフェオレを楽しむことにする。

やっぱりミルクティーだ。
「それでも地球は回っている。」
ガリレオは言う。


「ちょっと待ってください。」
遠ざかる店員をもう一度呼び止める。
店員が回れ右してこちらへやってくる。

「これは何かの実験でしょうか?」
と僕は言う。
こんなとこで僕が本気を出すことになるとは思わなかった。


しばらくして厨房からあわててウェイトレスが僕たちのテーブルへやってきた。
「ミルクティーです。これは間違いなくミルクティーです。」
とウェイトレスは人生最大のハプニングが起きたかのように興奮していた。

なんといっても平らだと思っていた地球が丸かったのだから。



世の中全体がだまされたとしても、やっぱり僕はだまされた振りなんか出来ない。
「あなたのコーヒーは本物ですか?」
と僕とガリレオが言う。